
前回受けたのが159回。それまで800台までしか出なかったのがいきなりスコアが伸びて900台が突然変異のように出た。実は800台が出たのは2001年のこと。それからの10年間は700台後半から800台を行ったり来たりで進化してなかったのです。
言わば停滞期(頭打ちともとれるけど・・・)。この間が一番きつかった。これは仕事にも通じる話で、何事も停滞期というのはつきもの。もっとできるようになりたいという気持ちが先立つが、中身は全然伴っていない時期なのだろうと解釈しています。いわば、気持ちと中身の乖離があればあるほど、停滞期というのは長くなってしまうのではないだろうか。己はできていない、わかっていないという気持ちがきちんと理解するまではなかなか上がって行かないのが世の常のように思う。
それと私の英語の伸び悩みは「慢心」があったのではないかと思います。
133回ではリーディングで痛恨のマークシートのミスをした。時々気が付いて何十個も遡ってマークしたものを消して、書き直すこともしばしば。よれだけ余裕がない証拠だと思う。スコアって正直。でもリーディングを見ると如何にTOEICの指標が正しいか良く分かりますね。
それに引き替えリスニングの乱高下。笑えます。この乱高下は、朝一番から如実に出る。Part1でいきなり耳に入ってこない日もある。Part3くらいになると、鳴り響くアナウンスに神経が行かなくなって、完全に集中力が途切れていることもしばしば。
でもまあ、これを見る限り、リーディングというのは英語学習そのものを反映しているように思います。じっくり確実にやっていれば必ず伸びてくるものなのかも知れません。もともとリーディングは苦手です。いわゆる読み書きが苦手(国語も)なので、この苦手意識の「諦め」にも似た感情がいつも付きまとうのです。これはリーディングセクションに入ると重くのしかかる。正直TOEIC試験を受けるときにもっともつらい場面なのですが、これを毎回感じながら試験を受けてきました。
スタバコーヒー飲みながらグラフを眺め、そしてまた明日からの英語学習に励みたいです。
まあ、TOEIC試験に対する悪評も絶えないですが、TOEICの内容も実際の英語表現でも使えることも多いし、毎回同じような試験内容と言ってしまえばそれまで。情報を的確に掴むという意味において重要な要素も含んでいるわけで。そう考えればTOEICも十分に受ける価値もあるし、英語能力の指標として使うのは的確だとは思います。
ちなみに、159回で出した905というかつて出ることのなかった大台に関して、私はまぐれと思っています。というのも、私はその試験を受ける数日前にある病気を発症しています。「亜急性甲状腺炎」。この病気を発症すると甲状腺から体内にホルモンが流れだし、発熱します。心拍数が上がり、まるでずっと運動した時のようになるのです。この日も発熱していましたが、確か体温計を持っていなかったので、状態はきちんと把握できていませんでした。ただ、試験中ずっと汗を掻いていたのだけは覚えています。いつものことながら、気が遠くなるような感じは絶えずしていましたので、病気をして試験に臨んでいるという感じには受け取っていなかったです。むしろ、試験中に運動しつつも、脳はしっかり動いていたのを感じました。
試験結果が帰ってきた時に、主治医とこんなやりとりをしたことを思い出します。
私「先生、亜急性甲状腺炎を発症すると試験で良い結果が出たりしますか?」
先生「むしろ集中力が散漫になって、悪い結果がでると思います。」
先生が正しいかどうかは分かりませんが、私はまぐれと思っていますし、ホルモンが脳活性を促したと理解しています。亜急性甲状腺炎時におけるTOEICスコアの変化を研究した人がいたら面白いですけどもw ただ、この試験で唯一違う行動をしたのは確かです。試験前に普段はやらない試験勉強を集中して10時間行ったことは大きな点です。
試験日の様子
第159回TOEICテスト受けてきました
最後に1つだけ書いておきます。これは非常に重要なのですが、私自身はTOEICスコアはほとんどというくらいに重要視していないのですが、少なくとも英語力とTOEICには相関関係があると思っています。その指標としてTOEICを利用するだけにとどめています。あくまでも英語は道具でしかないし、職業人であれば英語ができると世界も広がります。ただ残念なことに思考そのものをTOEICでは判断できません。すなわち英語ができるからよい仕事ができるかは別問題なのです。特に商談や折衝、ディベートしたことのある方なら分かると思います。私もその口で、TOEICスコアが上がったからと言って、仕事ができるわけではないし、本人の資質が向上したとも感じていません。
そう感じるようになってから、ここ最近は1~2年おきにしかTOEIC試験を受けなくなりました。普段の仕事でも英語に接する機会をできるだけ持つようにしていることもあって、いきなりTOEICスコアが落ち込むことも経験しなくなっています。ただ、残念なことに加齢もあって英語に対する反射レベルでの回答というのはできなくなるでしょう。そこをどう受け止めていくかも重要です。それに対してどういう取り組みをしていくのかです。
この先、思考の変化も訪れるでしょう。今は英語力は重視しなくなっている私です。世界共通語としての存在として英語は素晴らしい道具だと思います。国際学会の場でもそれを感じることが多いです。英語ができたからいろんな場面で重宝されたし、また違う経験もできたと思ってます。ただこれに慢心しているわけにはいきません。さまざまな要素を磨きながら、会う人・会う人とどうその時間を共有して実りある時間を過ごせるのかの方がずっと大事なように思います。もっと深みのある人に成長していけたらいいなと最近感じてます。
さ、スタバコーヒー飲んで読書でもしようかな。